Enjoy Dance Festival 2025 インタビュー
「Be」と「Against Newton」、2作品のリバイバル・リクリエーション過程を訪ねて

掲載日:2026/02/20

岩淵多喜子、合田有紀、長谷川陽菜
聞き手:神前沙織(JCDN)
インタビュー実施日:2026年2月15日(日)

 

新しいダンサーたちに向き合いながら、自分にもう一回向き合ってるという感覚


神前: 
リバイバル・リクリエーションは、今から約20年前、2000年代の名作を現代のダンサーに振付する試みです。
 リバイバルを始めたきっかけは、国内では数年前のダンス作品を劇場で生で見られる機会というのがほとんどなく、世代によってダンスの体験や知識にすごく格差があること、それが美術や伝統芸能等に比べてダンスがお茶の間に広まりにくい要因ではないかと気になっていたことがひとつと、名作のリバイバルのためのクリエイションを通して、出演するダンサーが振付家から学ぶことが非常に大きいのではないかと考えたこと、この2点が大きな理由です。

 「名作」はいっぱいありますし人それぞれだと思いますが、JCDNが2000年代に全国各地を巡回公演していた「踊りに行くぜ!!」シリーズから、当時の観客に今でも支持されるであろうデュオ以上の名作を選ばせていただいています。
 2025年の岩淵さんの「Be」と「Against Newton」は2023年のじゃれみさ、きたまり作品に続いて3・4作品めとなります。

 当初、リバイバルのご依頼を岩淵さんにお願いしたとき、実は「Be」1作品を考えていました。岩淵さんに打診したところ、すごく悩まれて、あの作品をオリジナルではないダンサーで上演することがイメージしにくいということで「Against Newton」ならどうかというご提案を受けました。その後、いろいろあって両作品ともリバイバルすることになったのですが。
 先に「Be」について岩淵さんに伺いますと、今日このインタビューをする段階で7回の稽古を終えて作品がかなり形になってきていると思います。リバイバルすることに当初は抵抗があったと思うんですけれども、今どのように感じられていますか。稽古前にはなかった発見とかそういったことがあればぜひお聞かせいただきたいと思います。

岩淵: そうですね、「Be」については、やっぱり初演の時の太田さんと大塚君と一緒に探しながら作ったということと、上演回数がかなりあり(70回以上)、上演をしながら今の形になっていったというのがありましたので、他のダンサーとできるのかなっていうのが最初のイメージでした。二人ともキャラクターが比較的はっきりとしたオリジナルのダンサーたちだったので、再演というか、新しいダンサーでこれを作るということが、最初、少しイメージしにくかったのです。
 が、実際にやってみたら、やっぱりそのキャラクターを超える動きから出るメッセージだったり、感覚というのがすごくあるんだなということに自分自身でも気づいて、もちろん最後のニュアンスみたいなものは、それぞれのダンサーの個性みたいなものによるのですが、それと同じぐらい、構築されている中身の動きというのが、自分が自覚していた以上に割と強い感じがあって。なので、それは自分にとっても新しい発見でした。
 あとは、これは「Be」にも「Against Newton」にもいえることですが、もう何回も何回も上演しているので、自分の中でも当たり前になっていることが、新たなダンサーともう一度呼び返すことになって、この動きってどういうきっかけで作ったんだっけとか、インプロをしながら、だんだん動きを見つけていったんですけれども、その当時の自分が気になっていたことや動機などをもう一回、私自身も手繰り寄せながらやっている感覚が、すごく新鮮な時間で。もちろん新しいダンサーたちに向き合っているんですけど、なんか自分にもう一回向き合ってるという感覚があります。
 創っていた時は、「ああ、こういうことだったんだな。今の自分だったらこの選択はもしかしたらしないかもしれないな」っていうことを、やっぱり自分自身も20年以上若かったので、どう見えるかより先に自分のやりたい事のイメージにわりと躊躇なく向かっている感じとか、自分自身がいろいろ振り返るところがあって、とても興味深い体験、経験をさせていただいています。

「Be」(2001年 初演)
初演共同振付・出演:太田ゆかり、大塚啓一
photo:塚田洋一 

 

オリジナルの振付を忠実に再現する「Be」と、リクリエーションを行っている「Against Newton」


神前: 
素敵な時間ですね、良かったです。ダンサー募集時の応募要項にも、
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オリジナルを忠実に再現することはできなくても、新たに出会うダンサーと、今この時代の感覚を取り入れながら、新たに作品を立ち上げることは可能かもしれないと思うようになりました。そして、踊る人が変わってもなお、変わらずに立ち現れてくる何かがあるとしたら、それこそが作品の本質であり、その作品の「作品性」といえるものなのではないか―。そんな問いとともに、今回のリクリエーションに向き合っています。
―――
ということをお書きになっていたのですけれど、何かその片鱗といいますか、そういったものが見えてきているのでしょうか。

岩淵: そうですね。今回、結果的に「Be」と「Against Newton」の2作品をやらせていただくことになりましたが、「Be」は動きも、ニュアンスも、ほぼ変えてないです。ただ、単に真似をするということではなくて、構成とか動きを忠実にやることによって、それでも現れてくる違いというのを作っていきたいなというふうに思っているんですけれども。 「Be」は自分の作品の中でも上演数が一番多いので、やり尽くした感があって。上演を重ねながらちょこちょこ変えたりとか、シーンを増やしたりとかっていうことをさんざんやってきていて、最後に残った形が今の形なので、もうこれを逆に忠実にやるっていうことをやってみたいなと思いました。
 かたや「Against Newton」の方は、テーマと構成は同じだけれども、中の動きを少し場面により変えています。7割オリジナル、3割新しい部分といった感じでしょうか。「Against Newton」は、ちょっとやり残した感があるというか、もう1回チャンスがあったら、テーマは一緒だけど、動きのピックアップの仕方などを変えられたりするんじゃないかという思いもあったので。動きのボキャブラリーを場面ごとにもう少し広げたり、逆に狭くしたり、今の私の感覚、またダンサーに合わせて少し変えているっていう感じです。

神前: 普通にリクリエーションしているようなところがあるということですね。「Be」はオリジナルダンサーの身体性や雰囲気あっての作品ですが、20年経ってそれを別のダンサーと共に、かなり精密に再現されています。
 いっぽう、「Against Newton」は人の固有性よりも、重力や物理的な法則をテーマにした作品を、現代のダンサーに合わせてアップデートされています。今回は同じフェスティバルで、一人の作家の全くアプローチの違うリバイバル作品をふたつ観ることができますので、ちょっとマニアックかもしれないですが、その点でも楽しみです。

 

「Against Newton」(2003年 初演)
初演共同振付・出演:太田ゆかり、梶原暁子、岩淵多喜子
photo: 池上直哉

新たなダンサーに伝えるために、言語化する作業


神前: 
ここでダンサーのお二人にも話を聞いてみたいと思います。まずこの作品を踊ってみたいと思われた理由について。どうして踊ってみたいと思ったのでしょうか?

合田: 
それは何といっても、僕は松山でこの作品をオリジナルのダンスを生で見ていて(*1)、本当に心から感動したっていうか、それがやっぱり一番でかかったですね。

神前: どんなところに感動したんですか。

合田: やっぱりなんかこう、人と人とのやり合いっていうか、関係性が、男女がこんな悲惨なことになる、でも、そこでやっぱこう涙が出てくるみたいな。こういう踊りができるダンサーになりたいなっていう、気持ちもやっぱ芽生えてきたし。
 岩淵さんとはその後、僕が京都に移ってから、京都国際ダンスワークショップフェスティバルで毎年顔を合わせていますけど、「かっこええ人やな、この人は」と思いながら。そういう岩淵さんが持ってる踊り方、踊りのスタイルみたいなのも、もう個人的にすごく好きなんで。しかもこの「Be」を踊れる機会なんか、もうこれ逃したらもう二度と多分ないと思ったんですよ。

神前: ありがとうございます。じゃあ長谷川さんは。女性の方は男性に比べて希望者が圧倒的に多くて、まさにつかみ取った役ですけれども。いかがでしょうか?

長谷川: 昨日もちょっと話したんですけど、自分がダンサーとして踊っていくときに、どういうダンサーになりたいかというのを、3年ぐらい、いろんなところでやらせていただきながら考えていく中で、今までは「見せる体」をけっこう意識しちゃう部分が多かったのですが、「Be」の作品ノートに『自分自身であること、自分自身でありながら、他者と存在すること』という、存在にフォーカスしていたり、体を感じるのがすごく多い作品で。ダンサーとして踊った時に、自分はどういう風になれるんだろうっていうのは、すごく興味があったのです。すごく本質的なところをテーマにしていて。だからこそ、すごくやっていても難しいけれど、でも、そういうところを学びたいと思って、ご縁があればとオーディションに申し込みました。

神前: なるほど。そうすると長谷川さんの方が、例えば稽古中に振付を受けながら、今までの自分の踊り方と違ったりとか、違和感っていうか、悪い意味ではなく、そういう発見がすごくあるんじゃないかなと思うんですけど、どうですか?

長谷川: はい。太田さんに見ていただいた時にも「きれいに踊らないで」「ニュートラル、ニュートラル」って言われるけど、やっぱりできない。どうしようって思って。そもそもニュートラルってなんだろうとか。あとは普通にカウンターテクニックとか、まだまだ勉強不足なところがたくさんあるので、稽古中はもう頑張ることしか頭にないので、これは初めての体験だとか考えてはいないんですけど、やっぱり1日終わった後に振り返ると、自分自身にはすごくいろんなことが、たぶん中で起きていますね。

「Be」稽古風景(2026年2月15日)


神前:
なるほど。ではここまでの稽古を経て、今どのように感じているかをお聞きできますか? 具体的にどんな学びや発見があったか、一つ挙げるとしたら。長谷川さんは既にふれてもらっていますが、合田さんは?

合田: 難しいですね。学びというよりは再確認じゃないんですけど、やっぱ完成された作品を新しく自分が踊る、振り渡されて踊る時には、自分が持っている踊りの回路と作られている振りとの合わせ作業じゃないですか。自分の踊りの癖とかをどうしてもゴリゴリ持ち出したくなるんですけど、やっぱりそれは一旦横に置いといてっていうことをどんどんやっていかないと肉体的にも精神的にも結構疲労していくんやなって。かつ、見栄え、見る人にも結果伝わらないっていうのがあって。
 自分にとってはやっぱりフィジカルに解決していくっていうのが今の発見というか、答えには一応なってきてるから、なんかそこは絶対的に作品に委ねていくっていうのを、これからどこまでやっていけるか。あとは本当、岩淵さんから言われる言葉を、ただひたすら、とりあえずトライするっていうか、そういう感じですね。

神前: いや、仕上がりが楽しみです、私も。じゃあ長谷川さんはどうですか。

長谷川: 今思うのは、先ほどインタビュー動画を撮った時にすっごい緊張してきて。「Be」の上演回数が約70回以上というのを聞いて。そういうとんでもない機会をいただいたっていうことと、緊張感はやっぱりあるんですけど、でも頑張るしかないので、誠実であることを、誠実にやりたいとすごく思いますね。作品に対しても、このお稽古の時間に対しても。見ていただいたり、一緒にやっていただくすべてのこの瞬間に誠実にやりたい。その誠実さがちゃんと出るように、向き合いたいと思います。

神前: ありがとうございます。振付家としては、お二人の話を聞いてどう思われますか。

岩淵: とても自然体。一緒にやっていて楽な感じですよね。先ほど言われた、誠実というのも。あまり虚飾がないというか、やるべきことを淡々とやるっていう感じで。
 「Be」も「Against Newton」も、上演当時は自分の年代に近いダンサーたちと同級生みたいな感じで作っていたので、なんか感覚的にわかるよね、みたいに過ごしてきたことを、新たにこのリバイバルするときには、人にわかるように言語化しないといけないというか。自分とずっと一緒に踊っているダンサーだったら、「もっとここ、シューッってやって」で伝わるけど、皆はそれじゃわかんないから、ここで欲しい私の「シューッ」ってどういうことなんだろう、みたいなことを改めて解釈し直すというか。どういう風に言ったら通じるかなとか。
 私は「よくわかんないんだけど」っていう風な口癖があって。やってもらいたいことはすごくクリアなのに「よくわかんないんだけど、こういう感じかな」みたいに前置きをくっつけちゃうから、余計なわかんなくなる笑。ダンサーには自分の解釈でやってと言いつつ、急に、いや、ここはこの角度でみたいな、すごい細かいことが気になったり、言ったりするので、ダンサー側は意図を汲み取るのが大変かもしれません。私自身ももすごく、自分探しだったり、ちゃんと言葉で表すことだったり、どういうふうに言ったら伝わるのかなというのを学ばせてもらっています。

 

「Be」稽古風景(2026年2月15日)

 

振付の力、型やスタイルについて


神前: 
なるほど、興味深いお話をありがとうございます。私自身は、これまでに2回「Be」の通し稽古を見させていただいて、オリジナルダンサーの太田さんと大塚さんの上演も約20年前に拝見しています。世代も持ち味も全く違うダンサーたちが、まだ完成形ではないかもしれないけれど踊っているのを見たときに、作品というものがしっかり再現されているように感じて、そこに純粋に振付の力を感じました。
 ちょっと極端な話ですけど、日本舞踊などの他の舞踊には型がありますよね。その型には意味をつけた人がいて、ある程度こういう動きをしたらこういう意味ですよと周知されています。一方、コンテンポラリーダンスにはそれがないので、お客さんは振付から共通言語を探したり、想像したりするところから出発します。それが面白みなんですけど。
 「Be」を何回か見させていただいているうちに、本当にいい意味で、こうやって新たな型が生まれていくんだなと思ったんです。最後の「人」に見えるところとか、すごく印象的なシーンがいくつもあって。これがパントマイムとは全然違う、岩淵さんのオリジナルの型、あるいはスタイルがあるのだなと思えて、それが「作品性」とおっしゃっていることと何か共通することがあるのかなと個人的には思っています。そういうオリジナルの、「型」と言われることはもしかしたら抵抗があるかもしれないですが、それを開発するのが振付家の神髄ではないかなと個人的には思うのですが、岩淵さん自身はどう思われますか。

岩淵: すごくたくさん上演してきて、でも上演しなくなってもう10年以上経っているので、久しぶりにこの作品を映像で見て、おっしゃるように、フォームがある。特に創作を始めた初期のものだから、自分の動きの選び方や構成の仕方の傾向が出ていると思います。それを「型」というのであれば、あるなっていうふうに。
 ただ、創っているときはそれを意識しているのではなくて、どういった運動言語をピックアップすると、出したいテーマや、雰囲気、心情などが現れるのかを意識していて。手紙と一緒ですよね。何か言いたいことがあって、どういう言葉や文字を使おうとか、ここに「、」を入れた方が伝わるかなというのを、動きでやっていく感じ。それが型なのか型じゃないのかわからないんですけど。
「Be」は、同じ振りが何度も繰り返されていって、それがすれ違い、出会い、ぶつかり合いといった心情の変化とも呼応していく構成になっていて、後から見ると、割と構築的というか、、、音楽も最後にヤン・ティルセンの音楽がかかるんですけど、ダンスと一緒に見ていると上がっていく感じがしますけど、音楽だけ聴くと、ループするミニマルな音楽なんですね。それをこういう風につなぎ合わせてダンスと一緒に使うと、だんだんだんだん上がっていくっていう感じに見えてくる。
 でも、最初からそうしたいと決めて選んだというよりは、表わしたいことをどうしたら形にできるかを考えて感覚や直観で選択した結果が、最終的に見たときにそうなっていたという感じなんです。
 最後、二人が寄りかかりあった形になるんですけど、このカウンターバランスも、作品テーマの「自分自身であるけど、他者も必要」ということを表わしたいと考えて、このベクトルを体で表すのは、どういうポーズがいいのかを色々試して、あの形に至ったという感じで。上演後の批評記事で「人」の形になって終わると作品について書かれていて、「あー、確かに「人」の形だ。漢字って象形文字なんだな」と自分では後から気が付いたという感じです。なので、「型」が確かにあるかも知れないし、そう言われることにも抵抗はありませんが、はじめから自覚的にそれをしているのではなく、表したいことを表すために直観的に材料を集めて並べた結果、自分の傾向があらわれていて、それが「型」と捉えられるものなのかも知れません。
 フォームを意識しているというよりも、言いたいことを言うのにどういうふうに動きを選んだら、なんかそういうものが現れるのかなっていうことですね。

神前: フォーム自体が博物館にあるようなものではなくて、踊り手が新しくなっていくことによって違う見え方がしたりする、それが振り付けの面白さ、このリバイバルを通して感じるところはあるんです。前回のリバイバルでも、じゃれみささんの振付もある程度オリジナルに忠実に再現していて、少しダンサーに合わせて変化させたところはあったそうなんですけど、やっぱり何回見ても砂連尾さんとみさこさんの踊りのはずなのに、目の前の別のダンサーの作品はそう見えなくなっていくというか。でも、その先にオリジナルのお2人の姿を想像することはできるような不思議さがあって、奥深いなっていうふうに思いますね。ありがとうございます。

 

「Be」稽古風景(2026年2月15日)

上演作品の見どころ


神前: 
最後に「Be」と「Against Newton」、今回上演いただく作品の両方の見どころを教えていただきたいと思います。ダンサーのお二人にも「Be」について伺います。

岩淵: そうですね。この2つの作品に限ったことではないですけど、私は「人」に興味があって。「Be」は人の関係性を心理的なものも含めて運動言語で表したいと思って作った作品で、オリジナルは5人のグループ作品だったのを2人のパートを抜き取って、それをベースに作ったデュオ作品です。なので、もともとは男女の関係性というよりは、人が人と向き合った時に、日常に起こる感覚を表現したものです。それがオリジナルの太田さん、大塚さんの個性もあいまって男女のデュオ作品として上演を重ねてきた作品ですが、特別なことはない普通の男女が会話をするように展開していくこの作品を、心理的な描写も含めて、新たなダンサー二人がどう蘇らせてくれるか、という部分。
 「Against Newton」の方は、テーマが「重力」や「立つ」という物理的な法則を切り口に、より「運動」から作った作品で、「Be」が男女なら、「ニュートン」は女性3人の、「同士」のような関係性のある作品で、「ニュートン」は「立つ」や「落ちる」をテーマに場面ごとで用いるテクニックが異なるので、私の作品の中でも、体力的にも、また技術的にも一番ダンサーに要請するものが大きい作品です。このチャレンジな作品をどう新たな3人が息を吹き込んでくれるか、という部分。

 全く別のアプローチの2作品ですが、今回、2作品を同時にやってみて、結局、同じ人が作っているので、角度や切り口は違うんですけど、共通している部分も多くて。運動的なアプローチを表に出しているか、叙情性や物語性を表に出しているかの違いで、自分でも、人ってそうそう変わらないんだな~と、今回のことを通じて自己分析しました(笑)。

神前: そうなのですね、興味深いです。

岩淵: 是非、「Be」と「Newton」の両作品をご覧いただいて、それぞれの作品性や持ち味、また2つの作品の違い、共通点なども感じてもらえたら嬉しく思います。私も、20年以上前に作った作品が、今の時代にどう映るのか、ドキドキしながら楽しみにしているので、その感覚を一緒に味わっていただけたらと思います。

神前: ありがとうございます。では「Be」絶賛稽古中のダンサーのお二人にも「Be」の見どころをそれぞれ教えてください。

合田: 出だしの明転した5秒間の僕と長谷川さんの顔。まずそれで、その日が決まります。

神前: 上演は1回きりですけどね~。じゃあ、長谷川さんは。

長谷川: それぞれのセクション、セクションというか、全部は繋がってるけれども、お互いに関わることで、けっこう関係性が変わっているっていう。でも自分一人の時間もあるけれども、自分の中で変わるとか、一緒にいるから変わるとか、その関係性の変化みたいなのは、私自身がやっていて楽しいので、そこはご覧になる方にも楽しんでもらえるように頑張ります。

神前: 今日はありがとうございます。上演を本当に楽しみにしています。

 

「Be」稽古風景(2026年2月15日)

*1 「踊りに行くぜVol.4」松山公演にて上演。
https://jcdn-web.org/odorini1/

 

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全国の若手振付家のための公演プラットフォーム【隔年開催】
「Enjoy Dance Festival 2025 in KOBE―ダンスを楽しむ3日間」
2026年3月6~8日(金~日)ArtTheater dB KOBE、新開地アートひろば
https://choreographers.jcdn.org/program/edf25

〔リバイバル・リクリエーション〕
■「Be」
構成・演出・振付:岩淵多喜子
出演:長谷川陽菜、合田有紀
【Aプログラム】3/6(金)19:00開演 会場:ArtTheater dB KOBE
https://choreographers.jcdn.org/program/edf25-a

■「Against Newton」
構成・演出・振付:岩淵多喜子
出演:佐々木実紀、山城友理恵、渡邊絵理
【Dプログラム】3月8日(日)15:30分開演 会場:新開地アートひろば
https://choreographers.jcdn.org/program/edf25-d

左から合田有紀、岩淵多喜子、長谷川陽菜

Interviewee

インタビュイー

岩淵多喜子
Takiko IWABUCHI

ラバンセンター(ロンドン)にてコンテンポラリーダンスを学び、ダンサーとしてエルヴェ・ロブ、テッド・ストッファーなどの作品に参加。1999年帰国、 Dance Theatre LUDENS設立。以後、LUDENSの全作品の演出・構成・振付を行い、創作過程を重視したプロジェクト単位の…続きを見る