Report/Survey
振付家・ダンサー
京都コレオグラフィーアワード2024、「Choreographers信州・上田」公演、そして「Choreographers沖縄・浦添」公演を通じて、〈再演の機会が作品を育てる〉ことを強く実感しました。そもそも本作は観客との親密性が高いイベントスペース「ムリウイ」で初演を迎えました。初演では波板を吊って舞台美術として使用していました。しかし、アクティングエリアも観客との距離も全く異なる「京都府民ホールALTI」では、光の反射によって、より多くの観客を照らすことのできる鏡に美術の変更を行いました。KCAの出場=再演=会場の規模感の違いが、「誰に」「どのように」届けるのか、私に考えるきっかけを与えてくれました。長野公演「サントミューゼ 大スタジオ」、沖縄公演「アイム・ユニバース てだこホール 小ホール」も同様に、それぞれが強烈に異なった個性を持つ会場でした。そのため、会場ごとに変化する距離や空気感、客席の構造や空間の広がりとどう向き合うかに多くの神経と労力を費やしました。演者のお二人の身体が分かること(出演)、外から見て分かること(振付・演出)を総動員して、本当に目の前のお客様と対峙できているかに最後までこだわりました。こうして同じ作品を複数会場で上演をさせて頂けたからこそ得られた気付きや学びがあったように感じています。また、東京や京都とは異なる目線や温度感で接してくださる観客の皆様との出会いもありました。中には「コンテンポラリーダンス初めて見た!良かった!」とお声がけくださった方もいらっしゃいました。こういった新鮮な反応は普段活動している都心ではなかなか聞こえてこないように思います。純粋に踊りを諦めず続けて良かったと思いました。沢山の経験とエネルギー、そしてこれからも踊りと向き合う勇気をいただいたように感じています。本当にありがとうございました。
作家としての創作の在り方を問い直し、作家性を刷新する、進展させる機会となりました。
私は自身で本プログラムに応募しておきながら「コレオグラフィーアワード」という言葉に負い目を感じていました。そもそも「振付」という言葉そのものにコンプレックスを抱いています。私はパフォーミングアーツとして、肉体がその瞬間その場で起こす現象に興味があります。ですので、誤解を恐れずに言えば、正直かたち(表出した結果)なんてどうでもいい、その人のかたちないエネルギー(表出する手前にあるもの)そのものがそこに突っ立っていて、それが何処に行くのかを見守っていたい。今回上演した『かたちたち』の前身となる『かたち』はまさにそのようなことを目指した作品でした。しかし『かたち』の上演を重ねる中で、「あなたのやっていることは振付じゃない」とか、「後世に残らないから作品とは言えない」等、言葉をいただくことがありました。こういったお言葉が今回私に、作品という枠組みに対してどのように振舞うべきか、真正面から向き合い考える機会を与えてくれました。
現時点の私にとって、振付とは「緩やかな再現性が担保された中で、エネルギーが主体的に未来を裏切る可能性を用意すること」です。より良い方角にむかって、破るために約束事を交わす。繰り返すごとに、どこまでいっても踊りは生ものであることを知らしめられる作品作りを心掛けました。
しかし、これも発展の途上であり、私は今も「振付」というものが全く分からないままです。本アワード終演後に、ある審査員の方に「ウェルメイド(=上手く作られた劇)を目指さないで」とお言葉をいただきました。もしかしたら振付を探る中で無意識的に、これまでの先人たちが打ち立てた「振付」の幻影を追いかけているのかもしれません。新しい課題と共にもっともっと踊り探る原動力をいただきました。