KCA2024振付家インタビュー① 高橋綾子
身体と感覚を通してわかり合う、その先にある平和
掲載日:2025/01/14
聞き手:森嶋拓(北海道コンテンポラリーダンス普及委員会/KCA2024書類選考委員)
インタビュー実施日:2024年11月25日(月)※オンライン実施
編集:京都コレオグラフィーアワード事務局
振付家になるまで 森嶋: 森嶋と申します。札幌でコンテンポラリーダンスとか舞踏をやっています。高橋さんの作品はEnjoy Dance Festival※1で拝見し、今回の選考委員も務めました。まず、高橋さんのキャリアについて、簡単に振付家になるまでを教えていただけますか? 高橋: 大学卒業後、フルスカラシップをいただいたニューヨークのコンサバトリーに入学し、そこで2年のサーティフィケートプログラムを過ごし、その後併設のカンパニーで1年過ごしました。その後、ボストンのダンスカンパニーに移り、本格的にダンサーとしてキャリアを始めました。そこのディレクターが、あなたは創作も向いているかもしれないからカンパニーのダンサーを使って振付もしないか、ということで、プロ2年目ぐらいから振付の仕事もいただくようになりました。 ボストンのカンパニーで4年ぐらいしてから、イスラエルのカンパニーに、一応引き抜きという形で、オファーをいただき、2、3年ぐらい活動しました。その後、またニューヨークに戻って、ダンサーとして1年くらいフリーランスでやってから、小さいですけど自分のカンパニーを始めて、今に至ります。 森嶋: すごい急展開で、どんどん、どんどん進んでいったんですね。 高橋: そうですね。小さいころから「私はダンサーになる」と思ってはいたんですけど、環境などもあって。また、今ほどYouTubeなども整っていなかったですから、自分の中での勉強を中高生の時代にやりながら、アナトミー※2の研究をしたりしていました。それから、メソッドやヒストリーといったアカデミックの部分を、ニューヨークの最初のコンサバトリー・カンパニーで2年勉強してっていう感じだったので、普通の人からすると始めたのが遅く、ちょっと早い展開かもしれませんが、私の中では実は5歳ぐらいから決まっていました。 森嶋: なるほど。日本にいた時は自分でいろいろやっていらっしゃったけど、環境はそんなに恵まれていなくて、ただ自分の中での準備は着々としていたということなんですね。 高橋: そうですね。やっぱり日本だと所属するカンパニーとか師事する先生や派閥が大切なようですね。それは、今も私が苦戦しているところであるんですが……。そういうのがないまま大きくなってから引き取ってくれるところもなかったので、とりあえず、どこでもいいからダンスをしっかり勉強したいと思って日本から手当たり次第電話をかけ続けました。絶対にニューヨークでないと嫌だということはなかったのですが、ありがたいことに奨学金を出してくれたので、(ニューヨークに行った)という感じですね。 森嶋: では、振付はそのボストンのカンパニーでやりながら学んでいったんですか? 高橋: ニューヨークのアカデミーでもコンポジション※3のクラスとかはあったのですが、新しい情報を吸収することに必死で、私が振付家として誰かに指示をするっていうイメージは湧かなくて。 ボストンでディレクターから一番最初に振付の仕事の話をもらった時も、90分の作品の中の20分くらいのセクションを担当したんですが、本当に必死でした。テーマは決まっていて、ダンサーもカンパニーのダンサーで決まっている中でどうするかっていうことだったので、自分がどう表現したいかっていうところまで考えは及ばず。今考えると浅はかな部分もあり、確固たるメソッドなどもなく、本当にただ作品を作るっていう感じではありました。
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創作について 森嶋: 高橋さんのベースになっているダンスは、ジャンルではどういったものになるんですか? 高橋: ジャズやモダン・コンテンポラリー、それから後に始めたバレエなど今まで触れてきたアートフォーム全てが根源になっています。それと同時に、大学時代は行動分析学とか心理学に関することをしていて、その後のボストンの大学院でも認知行動療法とか、そういうことをアカデミックな観点から学んでいたので、そういう側面もあるのかなと思います。 森嶋: 作品のテーマや作家として継続的に取り扱っていきたい題材、ご自身のアーティストとしてのスタイル、そういったものはあるんですか? 高橋: なんかすごいチープなんですけど、世界平和をしたくて。すごいチープだから、あんまり人には言わない(笑)。でも人と人は、第一印象や最初の行動、アプローチでこの人ちょっと好きじゃないかもとか、国と国でなくても結構あると思うんですよ。でも、そうじゃない行動、動きのアプローチで、「あなた実はこういうとこもあったんですね」ってフィジカルの面でわかり合えることって結構あるなって感じていて。 なので、作品のテーマはその時によってまったく違ったり、「ペパロニピッツアについての作品です」みたいな一見薄っぺらいようなテーマの時もありますけど、作っていく中では、自分たちが観客に対してどういうふうにアプローチをしていくかっていうのが、ひとつのリサーチの過程としてあります。別に観客の人たちが必ずしも私たちの作品をすごいと思ってくれなくてもいいし、心を開いてくれるわけじゃないことはもちろんわかっていますが、私たちがこういう行動、動きをしたら、お客さんってこういうふうに反応してくれたよねっていう、ひとつひとつの研究結果を積み重ねて、私たちのスタイルを作っていくことをしていますね。
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Ayalis In Motion創立メンバーによる集合写真 |
文化による受け取られ方の違い 森嶋: 高橋さんのスタイル、作品に対しての、海外の反応と日本国内の反応の違いを感じられるのではって思うんですが、いかがでしょうか。 高橋: 例えば、今回の「Political Spaghetti」って、女性同士の距離がなんか近い。キスして、そこから踊って、そこから赤い糸が出てくるってなった時に、文化的な側面から拒否されることもあります。日本でのことですね。レズビアンの権利を主張したいというふうに思われる方もいらっしゃる。あと、日本の文化として赤い糸って恋人同士がつながる心の糸みたいなふうに描写されることが多いので、そういうふうにとらえられることが多くて、見せ方を日本でやる時は変えないといけないなっていうふうに思う時はありましたね。でも、それは日本で受け入れられづらくて、難しかったっていうことよりも、文化が違うので、その表現の仕方を変えないといけないなって。 逆に海外でも、コミュニティーによってまったく違います。私はイスラエルでも活動していたので、(作品を)テストするタイミングにイスラエルでやった時は、今の情勢もあるんですけど、口から出る赤といったら、人を傷つける言葉とか暴力的な感じ。真逆に取られたりもするんですよね。アメリカを活動拠点としていた時、「Political Spaghetti」はまだ作っている最中で完成したものを見せる機会はなかったですが、アメリカでそういうことやったってなると、逆にマイノリティーが声を上げていこうという時だったので、3、4年前の話ですけど、LGBT活動を頑張ろうみたいなところに好かれて。政治利用まではいかないですけど、ファンドが結構集まったりとか。ファンドが集まると、私たちもその期待には応えないといけないですから、「こういう多様な表現ありますよね」「別に女性同士がくっついてもいいよ」みたいな答え方をすることもありました。 文化によって全然受け止められ方も違いますし、求められることも違って、私自身の考えとはちょっと全然違うけど、って思った時もあります。でも、日本での受け取られ方、他の国での受け取られ方に対して、変えていきたいっていうことは特になく。やっぱり「自由に、好きに見ればいいじゃん」って私は思っています。そういう中で、日本は特にどうかっていうと、「この作品に対して伝えたいことは何ですか」とか、「あの作品の説明を何字でお願いします」とか、すごく聞かれる。それは大変ありがたいと同時に、個人的には私の説明や考えとか思いとか伝えたいことって、別にどうでもいいと思っています。でも、聞いてくださるからこそ伝え方も気をつけないといけないし、難しいっていうのはあります。
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イスラエル時代の様子
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「Political Spaghetti」ができるまで 森嶋: それだけこの「Political Spaghetti」にいろんな引っ掛かりがあって、どこに引っ掛かるかによって全然見え方が違うんだな、というのはすごく思いました。赤と言えば、血もあると思うので、そういう意味では、口から血を分け合うみたいに見えたりもするでしょうし、 本当にいろんな感じ方がある作品だなと。それで、ご自身ではどういうふうにこの作品作っていたのかなって聞こうかと思ったんですが、そんなにそこは重要なことではないと。 高橋: あ、大丈夫です(笑)。 森嶋: この作品になる前の、きっかけとなる作品とかあったんですか? それとも、新たにこれを作ろうと思って作られたんですか? 高橋: 「Political Spaghetti」の前に「Pythagorean Peas」っていう作品を作っていました。ストーリーの構成自体はまったく別の作品なんですけれども、私の中では人のタッチを理解したいっていうところから生まれた作品です。人に触れるっていうこともすごくいろんな意味があるんですけど、触れる場所を限定していろいろリサーチを進めていた時に、脳の認知領域の中で、唇に関することが占める割合が高い。その昔の人間が唇に触れる、ちょっと刺激がする、これは毒かもしれないから食べないでおこうとか。そういうことも含めて唇って手が触れるよりもすごく繊細で、私たちの皮膚の感覚が唇ぐらい繊細になったら、きっと人との触れ合い方が変わるのかなっていうのを「Pythagorean Peas」を作っている間に考えました。 ダンサーがリハーサルでコンタクトインプロをする時、触れることが当たり前になりすぎて結構どうでもよくなってしまっていることがあります。でも、筋肉まで感じる、骨格まで感じる感覚ってすごく大事だし、そこにもうちょっと目を向けたいと思った時に、じゃあ唇ぐらいの繊細な感覚、さすがにコンタクトインプロで麻痺したといっても唇同士が触れ合うってなかなかないから、私たちはもっと繊細になれるんじゃないかと思い、触れる場所っていうことに限定していろいろリサーチを始めたのが「Political Spaghetti」です。唇が触れることで、身体の他の部分がどう質感が変わっていくかっていうのもすごく興味があったので、そこに集中して、考えて作りました。 森嶋: まず唇で確認っていうのは、あるかもしれないですね。でも、もちろん構想は明確にされたと思うんですけれども、いざダンサーたちと作っていくにあたって、なかなか苦労が絶えなかったのでは? 「私ちょっとダメです」っていう人もいるかもしれませんし、そのあたりのクリエーション秘話のようなものをお聞かせいただけますか? 高橋: リハーサルの段階では、やっぱり信頼関係を築くのが難しいだろうなっていうのはありました。ここにゴールがあることを私は知っていたけれども、そこを最初からやるとリハーサルに来てくれないんじゃないか、と思いましたから。それよりもまず自分自身に向き合うということで、ダンスセラピーのメソッドであるオーセンティック・ムーブメントをやって自分自身の身体とか質感に向き合うっていうところにすごく時間を使いました。私の中でちょっと、ちょっとじゃないけど、タイムリミットがあるからそこに早く行かなきゃいけないっていう焦りはありました。「自分自身を理解する中で他者のエネルギーってどうなっていますか」「これくらいの距離ってどうだろう」「肩と肩をずっとつないだまま動いたらどうなるでしょう」っていうふうに進めていきました。私の中では、口と口で、っていうのはすでにあったんですけど、「今思いついたんだけど、唇と唇だったらどうなる?」みたいな。最初はそういう感じでした。 でも、一回作品を上演するとちょっと知ってくれたり、興味を持ってくれる方もいて、「実は距離が近い作品だけど、今回こういうのでどうですか?」って。ヨコハマダンスコレクション(2024年12月開催)も参加※4するんですけど、実は前回の京都での上演(Enjoy Dance Festival 2023、2024年2月)とは違うキャストで、さらに来年2月のKCAのキャストとも違う。なので、距離を詰めていく、信頼するまでに至る時間とか、 結構難しいって感じる時もありますけど、逆にフィジカルリアクションはそれぞれ本当に違うから、私は見ていてすごく興味深いと感じますし、ダンサー同士もなんかこの人だとこんな感じみたいな、私的なこととは別の感覚として今は 向き合ってくれているなっていうのはあります。ただ、そこに持っていくまでは、ちょっと失敗したなって思う時もありました。それは私が焦りすぎてしまって、ちょっと相手が引いてしまった時ももちろんあります。そういうのを経て、今はまあ、ある程度それなりに。
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「Pythagorean Peas」公演の様子
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「触れること」の繊細さ 森嶋: フィジカルリアクションっておっしゃっていましたが、初めて唇と唇のコンタクトが成功して、それまでは頭の中で思い描いてはいたけどやってみたことはなくて、いざ成功して、何かそこで気づきはあったんですか? 高橋: テストの時点で、イスラエルのダンサーとやったこともあります。みんなすぐやってくれるんだけど、何にも変わりがないというか。みんな挨拶でもキスするし、すぐフィジカルにこう(抱き合う)。でも、日本人だと、触れた後に一瞬ちょっと固まる。で、そこから一回力が抜けるっていうのは、どのキャストでも絶対に起こる瞬間で、それはすごく貴重だなというか、大切にしたいなと私は思っています。 でも、リハーサルで毎週会っているうちに慣れてくるので、「ちょっと待って、一番最初の感覚を思い出そう」って私が声を掛けたりします。最初に触れ合って、ちょっと首も肩も突っ張って、でも大丈夫なんだなってふわっとなる瞬間がある。その「ふわってなる」までの時間ってそれぞれのキャストで結構違いますし、その人それぞれのバックグラウンドとかも影響して、リアクションはすごく違うんですけど、そこがすごくすてきだなと思ったので、作品にそこは結構活かしたいですし、日本のキャストだからそういうちょっとした大切な機微っていうのが表現できていたのかなって感じますね。 森嶋: 唇同士のコンタクトのインパクトが強いですけれども、他にもこだわっているポイントがあれば、教えていただけますか? 高橋: ヨーロッパとかのコンペやフェスティバルに持っていくと、唇が接触する前の段階のシーンがすごくよかったって言われることが多くて、唇同士が触れたことは誰も何も言わないし、評価してくれないみたいな感じでした。もちろんどこを見てくれてもいいんですけど、意外にそこはどうでもいいんだなっていうことを、いろんなところで公演すると感じている中で、触れないっていうことの力強さだったり、そこの緊張感が意外にあるんだなと。特に、コロナで人との距離が変わって、電車の中でちょっと人のひじがあっただけで「うん?」みたいなリアクションになっているから、その触れるか触れないかみたいな距離感ってすごく繊細なんだなと思います。そこまでの過程は自分たちの中でももう少し繊細に、大事にしていかないといけないなって思います。
日本での活動-「港」になる 森嶋: 今、日本での活動にシフトされていますが、日本に戻られた理由というのはあるんですか? もしかすると、戻ったっていう感覚ではないんですか? 高橋: 実は、先月からスタジオをここに作りました。私は「港」になろうと決めたので、これからは日本で腰を落ち着けて、もちろん今までの関係がある方もいるから、もう絶対に海外に行かないということではないですけど、そういうお世話になった方を呼ぶとか、逆に今度私が送り出すっていう感じで、ちょっと「港作業」を始めたところではあります。 森嶋: それは何かきっかけがあったんですか? 高橋: そうですね、いろんなタイミングが重なったのもあります。そういう中で、じゃあ私もちょっと腰を落ち着けて、みんなをここで育てて送り出し、送った先でどっか行っちゃってもいいし、戻ってきてもここがあるよっていう感じの、お母さんじゃないですけど、そういうことができたらいいなっていうふうに考えが変わったっていうか。もともと、いずれは日本に戻って、というのも海外で活動している時からありましたから。一番最初にプロのダンサーになりたかった時に、日本で受け口がなかった結果、たまたま海外にいたっていう経緯がある。じゃあ今度は私が、そういう人に対しても間口を広げたいですし、しっかりやりたいなと思い、10月ぐらいからスタジオをオープンして。なので、資金繰りとか置いといて、続く限りは、私はここで頑張ろうかなって思います。 森嶋: でも、日本ではダンサーとか振付家としてのキャリアがないままニューヨークとかに行かれて、戻ってきたら結構ギャップがあったんじゃないかって思うんですが、そのあたり、ありましたか? 高橋: あります! 日本は良くも悪くも師弟関係がすごくしっかりしているので、どこのスタジオを出ました、誰先生に習っていましたっていうのを絶対に聞かれるんですね。私には出せる名前もなかったし、コネもない。だから日本で活動できたのは、そういうのとは関係なく、夏木マリさんのカンパニーでの活動とか、オーディションを通して参加したものだけでした。日本に帰ってきたのが2年前、1年ちょっと前で、その時にはこっちでやろうって決めていたので、誰も別に受け入れてくれませんでしたけど、いろんなところに顔を出しました。私が「オーディションをやります」って呼びかけても、ニューヨークでは3,400人近く集まったオーディションも日本では30人行かないくらいで、結局全然人も集まらなかったし、私自身の出ていく先っていうのはまったくない状態でした。 私なりに積み上げてきたキャリアがまったく評価されないということに、もどかしさは実際ありました。でも、それが日本の、海外でも評価される文化の良さでもあり、そうやって外部から守ってきた良さがきっとあるだろうから、そこを私は理解しないといけないんだなって、ちょっと考え方を変えて、気持ちは変わりました。でも実際、気持ちを変えたところで私は特にコネもないですから、どこにも入っていけないので、とりあえず毎週、誰も来ないけどカンパニークラスをして、私のカンパニー・メソッドを一人でもいいから伝えていこうとしていった結果、興味を持ってきてくれる方、日本で出会ってから1年以上がんばってくれる方とかもいて、もしかしたら私たちが表現できることもあるのかなって思って、動き出しました。 今年2月の京都での公演(Enjoy Dance Festival 2023)は、自主公演はその前に一度しましたが、日本で誰かに「来てください」って呼んでいただいた初めての経験でした。ありがたいと思うと同時に、ずいぶん時間がかかったなとも思います。私はちゃんと日本で頑張りたいって思ったから、日本で少しでも評価されるために動いていくって決めて、今その途中です。来年2月にまた京都に行って、少しでもなんか興味持ってくれる人がいれば嬉しいですし、純粋にまたゼロから積み上げていこうって思って今やっています。 森嶋: 作品を出したい、日本で上演したいと思っても、なかなか機会がそんなにないですよね。昔はもっともっとたくさんあって、大変な時代といえば大変な時代ですよね。
今後について 森嶋: スタジオでこれからどんどん若い人を育てて、振付も教える予定はあるんですか? 高橋: したいです。実際にスタジオを運営していく上で現在メインになっているものは、小さい子たちのダンス・バレエクラスなどです。理想としては、スクールのアカデミー生がいて、セカンド・カンパニー、アプレンティスとあって、振付だったり、カンパニーの活動を行ったり、カンパニーの活動に生徒たちを連れて行くっていうビジョンはあります。第5週はクラスがないですから、そこにクリエーションのクラスとかを入れて、「お金要らないから一回来て」みたいな感じで ちょこちょこやっています。そういうところから少しずつ、広がっていけばなっていう感じで。スタジオに関して言うと、今の現在の私たちのカンパニー活動とそこまで直結しているっていう感じは、ないですね。ただ、スタジオがあるので、そこでスクールを運営して、カンパニーの運営にもつなげていくことになりますけど。 森嶋: カンパニー活動っていうのは、今どのようにされているんですか? 高橋: そうですね、理想は定期的に会うっていうことです。ここに公演があるから、じゃあ例えば8回集まって振付を覚えて、終わってバイバイ、っていうよりは、とにかく私たちの共通の言語とメソッドを共有して、そこを深めていくことをしないと、私たちが活動する意味ってなくなってしまうと思っています。そこはどうしても譲れなくて。週に2回くらいは会って、ただ今の時点ではリハーサル時給では払えないので、私がカンパニークラスをフリーで提供する、出演料は自費で払うしその公演を増やしていく、みたいな感じで。あとはカンパニーのダンサーが希望するのなら、うちのアカデミーの生徒を教える仕事を増やしていけたらいいなと思います。そうして、ちょっとずつ私たちなりの動きを出していけたらっていう理想のプランもあります。 森嶋: なるほど、素晴らしいですね。カンパニーダンサーに求めるものって、なかなか言葉にするのは難しいかもしれないんですけど、ありますか? ご自身にとっての理想のダンサーみたいなイメージでもいいですし、何かもしあれば。 高橋: もちろん「Kinetica」っていうメソッドを一緒に共有していくっていうのはありますが、やっぱり毎日学びたい。特にコンテンポラリーって毎日変わるし、毎日学ばないといけないなと思っている。私自身も、なるべく毎日どこか外のクラスを受けるようにはしています。それから、常にチャレンジしたいと思っています。だんだんキャリア重ねると、自分の得意なことも出てきて、その自分の得意なことが評価されるようになって。その得意なことを伸ばしていくっていうことは大事だけど、でもやっぱり常に、お前なんかダメだって言われる環境があった方が、新しいことにもオープンになれるし、ダンス歴が浅いダンサーから学ぶこともいっぱいありますし、そういうのがないといけないなと思っています。 私たちが共有している「Kinetica」でも、一回ゼロになりましょう、積み重ねてきたいろいろものを一回なくして、フィジカル的にフラットな状態になってからどうできますかっていうことがあります。だから、結局同じことであるんですけど。自分ができる環境ばかりでやっていてもつまらないから、「いろんなとこ行ってみよう」「このクラスを一緒に受けようよ」みたいなことを言っています。あんまりみんなが来てくれない時もあるけど、そういうふうに常にしようって、私は毎朝自分自身に言っていますね。 森嶋: なるほど。ずっと定着している関係より、どんどんお互いに刺激し合うような存在でいるのがいいっていうことなんですね。 今、いろんなことを抱えていらっしゃる状況だと思うんです。生徒の未来とか、日本と海外の懸け橋になるとか。でも、これからアーティストとして、こうなっていきたいっていうのは、ありますか? 純粋な個人としての欲望があれば、最後に教えてください。 高橋: 私に付いてきてくれるダンサーが、もっと評価されたいっていうのがあります。私がもしかして、あんまり有名じゃないから、本当はされるべき評価より低いのかもしれないと思った時もあります。そういうことではなくて、純粋にいいダンサーだから見てっていうふうに思うんですよね。でも、冷静に考えて、じゃあ、そのために私はやるべきことは、やっぱりある程度知名度を上げていくとか、スクールの運営をもうちょっと良くして経済的にいろんなオプションを出していくとかあります。けれども、そういうこと抜きに何かって聞かれたら、ダンサーがもうちょっと評価されたい、ですね。 日本はプロとセミプロ、アマチュアの境目が結構あいまいだと思っていて、アマチュアの方もプロぐらい本当に真摯に向き合っている方もいると同時に、プロが全然プロじゃないなとも思う。それはちょっと、環境的に難しい、金銭的な面であるんだろうなって理解していますけど、可能性はいっぱいありますし、私たちの意識も変えていかなきゃいけないと思いますね。
※1 「Enjoy Dance Festival 2023」での上演(2024年2月18日 会場:京都芸術センター 講堂) ※2 ダンスにおける身体の動きを解剖学的に解析すること。 ※3 振付における構成。 ※4 「ヨコハマダンスコレクション 2024」コンペティション I(2024年11月30日 会場:横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール)
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「Political Spaghetti」リハーサルの様子
昨年オープンしたスタジオでの様子 |
KYOTO CHOREOGRAPHY AWARD 2024 高橋綾子/Ayalis In Motion (東京)
森嶋拓(モリシマヒロシ) |