KCA2022振付家インタビュー③ Aokid×たくみちゃん
人間と人間、人間と物のコミュニケーションを等価に、ダンスの延長として提示する

掲載日:2022/12/29

聞き手:萩谷早枝子(STスポット制作)

二人で作品をつくることになった経緯

 

萩谷: 「HUMAN/human」は「N.N.N.」という、STスポットが2010年から5年間行っていたダンスコンペティションの5回目(2014年)にAokidさんとたくみちゃんが出演、受賞し、翌年に受賞者公演の「N.N.N.after」という企画で発表された作品ですよね。STスポットで生まれた作品が、KYOTO CHOREOGRAPHY AWARDという大きな場で再び発表されることがとてもうれしいです。まず、そもそもお二人でつくることになった経緯をお聞かせいただけますか?

Aokid 「N.N.N.」は僕がお世話になっていたKENTARO!!さんが、STスポットと一緒に立ち上げたコンペで、当時ソロのダンサーは大勢いましたが、グループでの作品があまりなかったので、「二人以上でダンス作品をつくっていく人を募集・応援するコンペ」という企画として始まったんです。僕は第1回から観客として見に行っており、第5回で応募しました。

ところが僕がチラシを読み間違えて「グループ」とか「二人以上」という部分を見落とし、「一人でも出せるのかな」と思って応募したところ、やはりグループ作品が条件だった。そこでグループを装い、お手製のロボットやイラストが飛び出したような犬の模型、パソコンなどを「人」のように見なして踊るという作品を一次審査に出したら、通ると思っていなかったが通った(笑)

 萩谷: そうですよね、人間じゃないものと踊っていたと聞いています(笑)

Aokid それで「本当にこの形で本戦(イベント)でも発表しますか?」とSTスポットの当時の佐藤館長に聞かれ、改めてこれを機に「人とつくる」ことをやってみてもいいかもしれないと思いました。じゃあ誰とつくりたいかと考えた時、ダンサーよりも、他のパフォーミングアーツをやっている人の方へ僕自身の関心が向いており、ちょうどその頃、たくみちゃんのパフォーマンスを見た際に、ダンスをダンサーが踊るのとは違うのだけど、「言葉と身体」に関わるアクションを発生させていて、それが非常に面白かったので、「この人とつくったらどうなるんだろう? 言葉や映像とかが入るのかな」と興味が湧いて。そんなきっかけでたくみちゃんに声をかけ、一緒につくることになりました。それが2014年。そこで発表した作品「フリフリ」が評価され、翌年も二人で「HUMAN/human」を発表することになったという経緯です。

 萩谷: たくみちゃんは、その当時はダンスというジャンルでの発表経験はあったのでしょうか?

 たくみちゃん: おそらく初めてだったと思います。僕はわりとジャンルレスに活動してきたので演劇などいろいろやっていましたが、その時はダンスの場にはほとんど出ていなかった。

2014年につくった「フリフリ」は、元々Aokidくんが一人で受けたオーディションが冒頭のシーンになっていて、Aokidくんがロボット、紙、ペン、パソコンとダンスをしていて、最後にそれらの仲間たちの一つとして僕が出てくるという構成なんです。先ほど話した経緯が「フリフリ」には内包されているんですよね。

 Aokid それだけ聞いたらダンス作品とは思わないですよね。

 萩谷: そうですね、構成だけ聞くと(笑)。

 たくみちゃん: その後アップロック(※ブレイクダンスのステップの名前)が始まって、デュオっぽいデュオも展開して行くんですけど(笑)。

 

パフォーマンス「HUMA__human_ヒューマン」Photo:Shinichiro Ishihara

「フリフリ」Photo:Manaho Kaneko      

           

            

                 

          

 

表現のルーツとクリエーションの手掛かり

萩谷: お二人が表現をやってみようと思ったきっかけは何だったんでしょうか? たくみちゃんは、元々は美術ですよね?

たくみちゃん: 高校時代にまで遡ると、普通科の高校だったのですが、美術の先生がとても熱心で、恩師と呼べると思います。その先生のもと、映像の授業の一環として民間企業のワークショップに企画を応募したら制作できることになり、10分程の短編映画を高校三年生の夏休みにつくりました。その経験が非常に面白かった。ちなみにその時は監督・脚本・主演を自分でやりました。「作品に自分が出てくる」というスタイルは、今にして思うとその時に始まっていましたね。元々映像の表現をしようと思っていて、東京藝大に進みましたが学部としては映像科は無いので、先端芸術表現科というところに行きました。多様な表現ジャンル、メディアを扱う人々が集まってくる場だったので、そこで映像もやりながら、身体表現や演劇もやるようになっていったんです。

映像とライブパフォーマンスは一見全然違うものですが、「時間芸術である」という点で、僕の中では共通項がありました。物語性を扱うことにも興味があり、ライブ表現であるというのが、学生時代の自分にはとてもしっくりくる感じだったんです。そんな理由で、映像から身体表現の方へ流されていきました。川をどんどん流されていった結果、海に出ちゃったみたいな感覚なんですよ、僕の中では。気がついたら身体表現やっちゃってた、みたいな(笑)。僕の表現の変遷はそんな感じです。

萩谷: Aokidさんは元々ブレイクダンスからですよね?

 Aokid: そうですね。今回はコンテンポラリーダンスのアワードで上演する“ダンス作品”として発表するんですが、作品の中にはダンス以外の要素、物語とかいろんなものが含まれていて、一概に純粋な“ダンス作品”とは言えないかもしれない。どんな作品においても、いろんな要素がいろんな割合で混ざり合ってつくられていると思うんですね。例えばダンスの表現度が高いとか、音楽の要素が強いとか、あるいは音楽に非常に言及したダンス作品であるとか。今回上演する「HUMAN/human」も、「ダンス、それ以外の要素を持ち込んで並べた作品として」を発表する感じだと思っています。

 萩谷: 二人で創作する場合は、何を手がかりに創作をしているのでしょうか? 

 Aokid: これは僕の場合ですが、たくみちゃんはアーティストで、僕も美術作品をつくっているので、自分の身体だけが前面にあるというよりは、「物を身体が使っている」距離感が創作する時にあるのかなと思います。「何かを二人が扱う」みたいなこと。「今回はこういう物が作品になり得るんじゃないか」から始まり、一人ではなく二人が物の前に立って、物の背景に観念的なテーマはありつつも、基本は「二人の人がそれを手で扱える距離感」があって、「じゃあ、これをどうするか?」みたいな所で創作が行われているのかなと。

 萩谷: 最初から構成や大まかな流れはつくらず、ピースでつくっていく感じですか?

 Aokid: そうですね、小さい関心を寄せ集めたりしていますかね。たくみちゃんが文化人類学が好きなのですが、ある物や場面に対して「文化人類学的にはそれをどんな身振りで扱うのか」みたいな関心とか。それから「大きさ」みたいなものはあるような気がします。「フリフリ」の大きさ、「HUMAN/human」の大きさ、「we are son of sun!」の大きさ。作品ごとの大きさでつくっている感覚があります。

 萩谷: 大きさというのを、具体的に言うと?

 たくみちゃん: 前提となっているのは、分かりやすく言えば「展示をするように舞台芸術をつくるという問題意識」なんです。展示をつくるように舞台芸術、もう少し狭く言うと今回はコンテンポラリーダンスをつくるという問題意識を共有していて、その中で都度いろんなアイデアを試していったりする。全体の構成を考えるのはAokidくんが得意なんですけど、毎回、空間や、空間に限らず表現するもののサイズ感として、「ホワイトキューブでのわりと小さい二人展のサイズ感」だったり、もっと大きな「スタジアムのサイズ感」だったり。

 Aokid: そうですね、小ぶりのキャンバスに描くのか、立体的な彫刻をつくるのか、映像作品なのか、みたいな試行を二人でやっているような気がします。僕らは「ダンサーのユニット」というより、「美術家のチーム」のイメージが強い。ダンサーの場合は、その人がワンコンセプトで作品をつくるのかもしれませんが、僕らはもう少しアイデア主義というか、そういう「軽さ」みたいなものは大事にしています。

 

ブレイクダンス時代のAokid Photo:Shinichiro Ishihara

          

          

 

2021年上演作品 Photo:comuramai

2013年修了制作 生のデータと火にかけたデータ

萩谷: 「HUMAN/human」の初演を観た時、空間の中に存在する全ての物、音楽などの見えない物も含めてあらゆる存在と対等にいようとする「在り方」が非常に印象的でした。空間をそれぞれが発見しながらその場に立っているように感じて、観ている側もお二人と一緒に「発見して共有できている」ような感覚がありました。上演は時間が終われば消えていってしまいますが、その共有できた感覚は体験として観客の中に強く残ったのではないかなと思います。それは、さっき「展示をつくるような感覚」とおっしゃっていた点と共通する所があるような気がします。
「物との関わり」は、アイデアを試しながら振付を固めていく感じですか? 

 たくみちゃん: そうですね、試しながらです。

 Aokid: 「これどう思う?」みたいな感じで一方がやって見せて、「こういうふうに見える」みたいなコメントをもらい、「こうやった方が、こう見える」みたいなやり取りを稽古場で重ねている気がします。喩えるなら壁に絵を飾るような感じで、「もうちょっと間隔を空けて並べようか」「もうちょっと左の方がいいよ」みたいな感じです。

 たくみちゃん: もう一つはおそらく、「映画のイメージ」みたいなものも、概念上は物体や音楽と等価に扱っている感じがあります。具体的には「ジュラシックパーク」のテーマ曲とか、「アルマゲドン」のエアロスミスの曲だったりとか、同じ世代・時代を共有している中でみんなが持っている有名な映画のイメージ。

 Aokid: みんながソフトとして消費している事柄、ポケモンとかミスチルとか、そういうものをそのまま提示する。何か別のものに変えてやろうとするのではなく、そのポケモンをやっている姿をそのまま上演するような表現ですね。

 たくみちゃん: ポケモンは比喩なので今回の上演には出てこないですけどね(笑)。

 Aokid: 身体の練磨によって全く違うものとして引用することも、ダンスの持つ重要な力だったりしますし、たくみちゃんや僕のソロ活動の中にもそういう要素はあります。でも二人で作品をつくる際には、ダンスやパフォーマンスにおける最小単位みたいなものを抽出して並べていくようなつくり方をしています。錬磨され過ぎたものは並列に置きにくいのですが、最小単位や元々の形状に近いものは横に並べていける。そういうことを「等価」と表現しています。

例えば作品のイメージをつくるために、「この作品の全てをこの音楽が体現しているからこそこれを使う」みたいなことをすると、それがヒエラルキーの頂点になる。それよりは、他の要素と同じように横に並べていく「等価・平地化」の構造の作品を多く発表しています。

 たくみちゃん: それと、その錬磨されたものと錬磨されていないものを等価として同じ舞台の上で見せるということもします。Aokidくんはブレイクダンスをルーツに持っていてスキルも非常に高いのですが、それを別に封印するでもなく、やれるものは時々やればいいという感覚を持ってますね。

 Aokid: インデックスを並べているような感覚も少しあるかもしれません。

 萩谷: その「等価」を感じるのが、さっき言った空間での在り方、例えば壁や床の質感を触ったり叩いたりして音で確認しながら空間にいることもですが、もっと具体的な箇所を挙げると、後半のエンヤで踊っている時に「あ、エンヤだ」と言うところ。観客はエンヤが流れた瞬間に曲に付随するイメージから何かエモーショナルな気持ちになりがちだけど、そこで「あ、エンヤだ」と言葉に出した瞬間に、何か情感を誘うためだけにエンヤを引用しているのではくて、目の前にあるもの全部がフラットに等価値化されたように感じて。目の覚めるような発見の瞬間でした。 

Aokid: 確かにそうですね、街で踊っていても、声に出さずに壮大な曲で踊っているのと、踊りの最中に「今、これ流してます。この曲、いいっすよねー」とか言いながら踊っているのとでは、見ている人の体験がかなり違っていますよね。できる限りそこのチューニングに意識を向けています。

 萩谷: 行為としては単純なことかもしれませんが、それが表現として成立するかしないかのきわきわを探りながら見つけてやってのけるのが、お二人ならではだなと。

 

 

「HUMAN/human」Photo:Manaho Kaneko

コンテンポラリーダンスというジャンルの中で発表することの意味

 萩谷: 今回はKYOTO CHOREOGRAPHY AWARDという、コンテンポラリーダンスのコンペティションの場で作品発表をするわけですが、さまざまな表現ジャンルを行き来できるお二人が、あえてコンテンポラリーダンスというジャンルの中で発表することに対して、どんな意味や意義を感じていらっしゃいますか? 不自由さを感じたりしないですか?

 Aokid: 僕は以前からコンテンポラリーダンスに軸足を置いている状態ですが、おそらくこの二人になった時に、コンテンポラリーダンスの中で異質というか、違う言語を話しそうだという予感はあります。その上で一緒に話してみたい、自分たちで独立しているだけでなく、コンテンポラリーダンスの他の人と話してみたいという気持ちがあります。僕らがインデックスのように「何かを並べている」としたら、「この方法を使って他の人はどうやるんだろう?」と。ダンスの側で発表することで、この方法を使ってもらえる可能性があるんじゃないかと思って活動している所も、もしかしたらあるのかもしれない。でも、そんなふうに思うようにはいかない感じもするし、ダンスって結局そういうことじゃないのかもと思ったりもしています。

 たくみちゃん: 僕は不自由に感じることは全然なくて、自由であることは前提というか、自由であるからこそ、そこに出せるし、多様なジャンルや業界がある中で共通しているものを見つけることや、「コンテンポラリーダンス」とカタカナ3文字の「ダンス」、アルファベット5文字の「Dance」の違いを考えることは何においても必要な意識だと思う。それは自由であることによって考えられるし、考えた結果、自由になれるとも思います。

 萩谷: 先ほどAokidさんが「一概に純粋な“ダンス作品”とは言えないかもしれない」とおっしゃてましたが、ダンスと一口に言ってもさまざまなアウトプットの方法がある中で、このダンス作品が、ダンス表現を一傾向に偏らせずに間口を広げるというか、そういう意識を向ける機会になったらいいなと。それによって励まされる人がいるんじゃないかなと思ってます。

初演は7年前で、その間にさまざまな出来事があり、社会も大きく変わって、お二人も20代から30代になって…とそれなりに長い月日が流れていますが、あえてこの作品を今、再び上演することになって、どういう上演にしたいですか? 7年の月日を経たからこその作品への気づきはありますか?

たくみちゃん: より洗練された、今だからこそできるものにしたいです。

 Aokid: そうですね、自分のソロ作品だったら、やはり今の関心を出したいと思うかもしれないですが、二人でつくった作品には、そういう個人的な思いのようなものがそれほど含まれてない分、状況に左右されないテーマを扱っていて、それはもう少し洗練させる必要はあるにせよ、作品として現在でも十分に発表の余地がある気がしています。もっと個人的なテーマなら個人の変化があって難しいかもしれませんが、逆に二人でつくっているからこその、良い距離感があるのかもしれないですね。感情からつくっていない作品というか。良い悪いではなく、ダンスは個人でつくっていると、やはり感情がかなり混じって行きやすいものだと思うので。

 萩谷: そうですね、お二人の作品はフラットですよね。

 たくみちゃん: そうですね、個人を通して自分の体験を作品にすることがわりと多いですが、これはそういう所ではなくフラットな作品だと思います。

とはいえ社会が大きく変わっているから、7年経ってみんなからは今どう見えるのか楽しみでもあります。空間もだいぶ大きくなるので、そこもどう変化させていくのか楽しみですね。

Aokid: なるべく小さくやろうという作戦ではあるんですが(笑)。構成は変えずに、場が長すぎるところを詰めるとか、洗練させていきたいです。

 萩谷: ちなみにお二人は、KCA以降の活動の展望はありますか?

 Aokid: 二人でさらに作品をつくりたいと思いますし、個人への依頼はあるんですが、僕ら二人に仕事の依頼があっても面白そうだなと。オペラの演出とか、空間をつくるとか、展示や演出をするとか、そういうことなんですが。やはり一人の時とは違うアイデアが出るなと個人的には思ったりします。一人だと視野が決まってしまうけれど、二人だと新たな余地ができたりするのではないかと。僕ら二人の作品自体も、自分たちの作品でありながら、自分の思いだけでつくっていないというか、距離感的に他人の作品をつくっているような感覚もあります。

 萩谷: お二人の領域が少しずつはみ出して重なったり、重ならなかったりというのが舞台上にも表れていますよね。良い意味でコントロールしきらない、そのライブ感を、新しい土地、舞台で見られることや観客からどんな感想やフィードバックが出てくるのか楽しみです。

(2022/11/15 zoomにて)

創作中の様子

Aokid

たくみちゃん

 

 

 

振付家 Aokid×たくみちゃん /青木直介、橋本匠

作品概要「HUMAN/human」

この作品は二つの「関係」によって構成されている。一つめは人間と物の関係だ。例えば「紙」のシーンは人間が 紙を倒すことに始まり、手のひらに風圧だけで貼りついた紙が落ちないように、紙に「動かされる」。このよう に、物を動かすことと物に動かされることが作品の中で表裏一体になる。「音楽」や「映画のイメージ」も物のよ うに相対化される。人間は音楽やイメージを生み出すし、音楽やイメージにより動かされもする。 二つめの関係は二人のダンサー=人間の関係だ。振付には一見、一人でも完結するような「一人遊び」的な動き が多い。だが、それをデュオとして徹底的に複数化している。それがときに、裏拍となってグルーヴを生んだりする。そして音の要素が声から言葉へと移行していく。人間と人間/人間と物、のコミュニケーションを等価に、ダンスの延長として明白に提示する意図がある。また情動的なダンスは照明によって空間が劇的に変化する際に登場し、対象的にクールな身振りはフラットにホワ イトキューブだとわかる状態で展開された。

 

インタビュアー 萩谷早枝子

STスポット制作。桜美林大学総合文化学群(現芸術文化学群)卒業。同大学のホール職員を経て、2013年に特定非営利活動法人STスポット横浜に入職、2016年から小劇場「STスポット」の管理運営、自主事業等の企画制作を担当。個人の活動として福留麻里ソロダンス公演やAokidソロワークなどに舞台制作で参加。http://stspot.jp/

 

「KYOTO CHOREOGRAPHY AWARD 2022ー若手振付家によるダンス公演&作品を巡るディスカッションー」
2023年1月28日(土)18:00・ 29日(日)15:00
会場:京都府立府民ホールALTI
https://choreographers.jcdn.org/program/kyotochoreographyaward2022

Interview
-亀頭可奈恵 『今、伝えたい「愛」とは何か』
-池ヶ谷奏、藤村港平 『僕らを踊りに駆り立てる、「対象a」とは何か?』 
-Aokid×たくみちゃん 『人間と人間、人間と物のコミュニケーションを等価に、ダンスの延長として提示する』 
-岡田玲奈、黒田勇/Null 『テクニックの引き出しを閉めて、「狼狽」に向き合い直す』

-女屋理音 coming soon!
-大森瑶子 coming soon!

 

Interviewee

インタビュイー

Aokid×たくみちゃん
Aokid × TAKUMICHAN

<活動拠点:東京・神奈川>ブレイクダンスをルーツに持ち、様々なスケールでの制作や活動を都市の変わっていく形や景色に対応させていくダンサーのAokid。分断のない世界をつくりたい、その願いから生まれる表現が作品となる。近年は言葉の伝達がテーマの一つであるア…続きを見る