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レポート/アンケート

出演者・参加者

「Enjoy Dance Festival 2023」じゃれみさ「男時女時」出演者レポート

塚本 実夢

参加されたプログラムについて。発見したこと、吸収できたこと、振付家(または振付家を志している)の方は、
特に今後の活動のプラスになったことなど。

今回は、砂連尾理さんと寺田みさこさんのリバイバル作品に出演させていただきました。8月のオーディションからお2人のお人柄の温かさを垣間見ることができて、最後までとても充実した時間でした。いつもとは、違う環境、仲間での稽古は、毎回刺激的でした。いつも新しい発見や、気づきを得ることができて、自分の思考も変化していきました。砂連尾さんから自由になるのは孤独な作業をすることで孤独になるためには他者が必要だという言葉を言っていただけました。一見、矛盾しているかのように感じましたが、自分の思考する時間と誰かと共有する時間、2つがあることで孤独な時間もより深みが増して踊りに繋がっていくのだなと思いました。そして、広い器で受け入れてくださる砂連尾さんとみさこさんがいたからこそそれを思う存分楽しめたのだと思います。振りを写すだけじゃなく、どんどんと境界線を作ったり、壊したり、曖昧にしたりいろんな作業をすることで作品や踊りへの向き合い方も考え直せる機会になりました。
ゲネプロから本番まで、多種多様な振付家やダンサーの皆様の作品を見ることができたり、とても興味深い時間となりました。アフタートークがあったり、交流をする時間があったりと作品を観ることと言葉を聞けたことで作品に対して多角的な目線を知れて、たくさんの発見を得られました。
私は振付に対してハードルをあげすぎてしまい、積極的に振付を行なってきませんでしたが、今回の経験を経て、自分のチャレンジを卑下しすぎず肯定しながらそして疑いながら向き合ってみようと今回のフェスティバルに参加してから大きく心情の変化がありました。
8月のオーディションからここまで、たくさんのご協力をありがとうございました。これからの糧になるような素晴らしい機会を作ってくださったjcdnの皆様には感謝ばかりです。またお会いできる機会がありますようにこれからも精進してまいります。

長野里音

参加されたプログラムについて。発見したこと、吸収できたこと、振付家(または振付家を志している)の方は、
特に今後の活動のプラスになったことなど。

振付家とのやり取りの中で、強度が高く緻密な動きをダンサーの身体に染み込ませること、またそこからダンサー自身が作品の中で生きられるようになるには、振付家との身体感覚についての共通言語が必要であることを学び、改めて振付られるとは何かを実感しました。
また、デュオ作品とははなんたるかを肌感覚で学ぶことができたのは、これまでに無い経験でした。作中では、ほとんど接触も無ければ、息を合わせて踊ることもない中で、二つの身体が舞台上に存在しなければならないことを強く感じさせるのは何故か。『男時女時』は、おそらく、砂連男さんとみさこさんの日常的なやり取りから生まれる呼吸や互いの存在の認識が作品の強度に繋がっているのだと思いました。クリエイションの時間だけが作品づくりに繋がるのではないこと、他にも沢山の学びと知識を得ることができた時間でした。

プログラムに対してのご意見・ご感想など。

出演者としてこのプログラムに関わることが出来たのは、今後、作品や踊る環境を自らつくっていく上でとても有意義なことだったと感じています。アーティスト同士の交流でコミュニティが広がっていくことの嬉しさもありましたが、なにより、小屋入りしてゲネと本番を迎える間に作品がブラッシュアップされていくのを間近で目撃出来たのがとても衝撃的で、この場掴み、空間と作品とを共有させていく、まさにこれがコンテンポラリーダンスなのだと学びました。
また、二日間、沢山の作品と出会えたことで、私にとってダンスがダンスたらしめる条件とは何か、そもそもダンスってなんだ?、、を大変考えさせられました。そして、若手アーティストとして作品を見る、いち観客としてダンスを楽しむ、この二つの時間軸を過ごすことが出来たのがとても嬉しかったです。改めて、ダンスが好きだと思えました。
ありがとうございました。

カナール ミラン 波志海

参加されたプログラムについて。発見したこと、吸収できたこと、振付家(または振付家を志している)の方は、
特に今後の活動のプラスになったことなど。

僕は、今回砂連尾さん、みさこさんによる「男時女時」という作品にリバイバルという形で参加させて頂きました。リハーサルを通してお二方がどうやってこの作品を作られていたのか現在、コンセプチュアルな作品が多い中、砂連尾さん達による個人的なエピソードや体験談を踏まえ発展されたものを僕達の身体を通して顕現されるということはどういうことなのだろうか?と疑問を持ちつつ取り組みました。結果的には当初の「男時女時」とは違うがとある観客からは砂連尾さんの面影が見えたと言ってくださったことが嬉しく思います。
発見したことや吸収したことに関していうならば瞬間的にこうしなければいけないと何かに囚われる必要がなくなったということや瞬間的に自分で選べる余白があるということを遊べるんだなと僕はそこまでまだ遊べませんが、瞬間的に気付ける余白とビデオを通してわかることなど誰の視点で物事が動いているのかわからないところが作品の面白さなのかなと思いました。
演じていく中で二人という存在がいて自分達は、何者であるかを主張するのではなくその瞬間にだけ存在する自分達にしか見えない遊びをひたすらプレイしていく中で二人が当たり前のように気付いたら並んでいる時間軸があったり、自分達の中から生みでる世界観というのは客観的にどう捉えるのか、凄く未知数でもあり自分達が何を表現するかではなく表現することの視点を観客に委ねることができる想像力を膨らませることができる作品だなと思いました。
現在この作品のアーカイブ作成に挑んでいますが「男時女時」はこういう作品ですと主張するアーカイブではなくどのような個人的な遊びを発掘できるのか可能性を探り自分自身の特徴を見つけ出してくれるアーカイブになりそうで楽しみです。

関口晴

参加されたプログラムについて。発見したこと、吸収できたこと、振付家(または振付家を志している)の方は、
特に今後の活動のプラスになったことなど。

私はじゃれみささんの「男時女時」をリバイバル・クリエイションとして上演させていただきました。20年、私の年齢と同じ歴史を持つ本作を踊ることは非常に興味深いものであり、同時に戸惑いも多く感じたクリエイションでした。稽古を進めていく中で、現代の流れとは異なるリズムやイズムを感じました。現在ではtiktokのように短時間で一作品が完結するものが多く、コスパ・タイパと呼ばれるように、いかに効果的に満たされた気になれるかが重要視されているように感じます。一方で本作は、同じ振りや曲を何度も繰り返してパートナー、曲、観客、壁や天井、不在のものまでじっくりと関係性を変化させながら探り続けるしつこさがありました。それは非常に濃密で、不安に襲われながらも居心地の良いものでした。今回のリバイバルは、ただ振付家から振りを渡されるのではなく、20年前、じゃれみさが生きてきた時代と私達が現在生きてきた・いる時代とを考え、交差して混ざりあい、当時の歴史を刻みながらも、今、立ち上げるために踊りを変化させ続けました。その中で砂連尾さん・寺田さんの身体や精神に対する哲学も大いに学ぶことができました。ただ、作品をつくりたい・踊りたいという自身の欲求だけでなく、欲を深くまで落とし込み、歴史や現代に流れている時間との接点を考えることで、作品を見る視点を増やし、層を重ねていく過程が必要なのだと知りました。また、現在「男時女時」のアーカイブ化のプロジェクトを進めています。振付を舞踏譜のような形で残すのではなく、振付家と踊り手との間に交わされた言葉や身体も様々な形で残していこうと進めていて、本プログラムが上演以降も継続していくことを嬉しく思います。終わりは悲しいことではありますが、新たな出会いの機会でもあると思うので、本作品への学びを続けながら、私自身が新しくクリエイションを行い循環させることができればと考えています。

プログラムに対してのご意見・ご感想など。

全国から作品を公募し、全国各地で様々なイベントを行う本プログラムは非常に素晴らしい取り組みだと感じます。現在四国で生活をしているため、京都や東京といった舞台芸術が盛んな地域に比べると、ダンサーや役者同士の交流の機会はわずかです。その中で、Enjoy Dance Festivalのようなイベントがあると、各地のダンサーと交流をすることができ、現在活躍中のダンサーが全国各地にいるのだと励みになります。また、リバイバル・クリエイションも本当に良い取り組みだと感じます。ダンサーとしては日本の舞台芸術業界が積み重ねてきた歴史や流れを知る良い機会でありながら、観客としても、当時の観客と今の観客との交流も図る良い機会になると感じました。