出演者・参加者
「Enjoy Dance Festival 2025」岩淵多喜子「Be」出演者レポート
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長谷川陽菜
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参加されたプログラムについて。発見したこと、吸収できたこと、振付家(または振付家を志している)の方は、
特に今後の活動のプラスになったことなど。
初演時から四半世紀もの間、多くの人の記憶に刻まれ、愛され続けている「Be」を踊らせていただけたこと、心から感謝しています。
「Be」はダンス作品というより、2人で生きているところを観てもらっているような作品でした。もちろん身体的な強度は必要で、たくさんの学びを得たいま、精進あるのみ!な心境です。
ただそれ以上に、相手を信頼して委ねたり、委ねられたり、心理的な部分でのチャレンジが大きかったです。他者を信じる過程では必ず自分自身と向き合う必要があることも、身をもって感じました。オーディション時には漠然としか掴めなかった作品ノートの言葉が、輪郭をもって、心にぽっとり座っている気がします。
「自分自身であること 自分自身でありながら他者と存在すること 他者と存在しながら自分自身であり続けること」。
それがどういうことなのか、分からなくていいから、ずっと忘れずに覚えておきたいです。
また岩淵さんから何度か、「あとはダンサーに託すね」といった言葉をかけていただきました。信じて手放してくださっている安心感とともに、振付家が作品に込めた想いや意図を理解し、体現する役割・責任がダンサーにはあると、身が引き締まる思いにもなりました。リバイバル作品だからこそ、より強く感じたのかもしれません。当たり前のことかもしれないですが、ダンサーとしての在り方を改めて考える機会にもなりました。
岩淵さんとオリジナルのお二人が重ねてきた時間を思えば、たった16回のリハでその境地に辿り着けるはずもなく…。ようやく入り口に立てたところです。だからこそ、「Be」をもっと味わいたい、いろんな景色をみたい、と強く願ってしまいます。
このお稽古期間で得た経験や想いをホクホクと腹の底に携えたまま、踊り続けていきます。
貴重な機会をいただき、本当にありがとうございました。
プログラムに対してのご意見・ご感想など。
今回の舞台には、普段踊りとは接点のない職場の人たちにも多く観にきていただきました。会社で感想をもらいましたが、それぞれに色々なストーリーを重ねてみてくれたようで、「Be」は万人の物語になりうるということに、ハッとしました。
「踊りをみる」というのは、馴染みのない人にとっては非日常なことで、限られた時間の中の特別な主張だと思われがちです。もちろんそれがある種の醍醐味でありその良さも感じつつ、舞台で観た「出来事」が、観た人自身の「日常」に自然と繋がったことが、とても尊いことのように思いました。
生活の延長線上にあって、踊ったあとや踊りを観たあと、からだや心に起きた変化を感じながらまたいつもの生活に戻っていく。忘れたと思ったら、ふとしたときに思い出す。
こんな経験をできるだけ多くの人と共有したいと心から思います。
私を窓口に、踊りに触れたことのない同僚たちをどんどんダンスの世界に引き込んで、コンテンポラリーダンスをもっと観たい!と思ってもらうことが、目下の目標です。
今自分が選択している環境だからこそできることを考え、ダンサーとしても成長していきたいです。
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| 合田有紀 |
参加されたプログラムについて。発見したこと、吸収できたこと、振付家(または振付家を志している)の方は、
特に今後の活動のプラスになったことなど。
Enjoy Dance Festival 岩淵多喜子振付作品『Be』に出演して。
初めてこの作品を観た衝撃が20年前。まさか自分が踊ることになるとは全く予想していませんでした。長く踊りをやってきて、様々なダンスとの出会いが偶然にも重なり、何か以前からここへ導かれていたのではと、少し不思議な感覚もありながら振り返っています。
『Be』は今までオリジナルダンサー以外で上演したことはなく、今回初めて外部のダンサーに振付を渡すということでした。Dance Theatre LUDENSのなかでも最も上演数を重ねてきた作品で、振付家、オリジナルダンサーともに、この作品に対する思いは一言では言い表せないものなのだと思います。何十回と世界中で上演されてきた作品を、今回は極限られた期間のリハーサルで習得し、納得の行くクオリティに仕上げねばなりません。ダンサーのプレッシャーは相当なものです。国内でもこの作品のファンは多く、観客がもう一度みたい『Be』というのも確実に存在していて、そこも想像してしまいます。
「このダンサーだから、この作品になった、というように、その固有のダンサーとの出会いがなければ作品は成立し得ていません。」
振付家とダンサーが対等な関係性から作品が創作される。岩淵さんのこの言葉を読み、振付に完全に委ねていく、それを今回挑戦しようと思いました。この「固有の」モノでほぼ構成されているこの作品の核となっている踊りはいったい何であるのか。
オリジナルダンサーではない自分が踊ること、完全に同じ表現が不可能なこと、この解決は振付の中に全部含まれていると考えていました。自分は、完成された作品をいくつか踊ってきた経験から、振付が「踊り」を導いてくれる、という思いがあります。といっても、この委ねる、が本当にできない。自分が全面に出てきてしまうし、止められない。本番で初めてこの「委ねる」が出てきた。ダンスの神様が導いてくれたのかもしれません。本番は特別な体験でした。言葉にはできません。
今回の取り組みで、過去作でありながらも振付家と新しいダンサーと双方ぎりぎりの妥協点を見つけながら行ってきたリハーサル、本番を体験して、作品とは、踊りとは、何であるのか、これを皆が探求していったのではないかと感じています。
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