【ダンスでいこう!!2025】大船渡「三陸の郷土芸能を習う旅」〈参加者レポート①:大久保裕子〉

2025.10.29

「三陸の郷土芸能を習う旅」に参加した振付家のレポートを順番に紹介していきます!

👉【ダンスでいこう!!2025】大船渡:「三陸の郷土芸能を習う旅」
習った芸能:浦浜念仏剣舞・金津流浦浜獅子躍(大船渡市三陸町越喜来)
日程:10月6日(月)~11日(土)
参加振付家:大久保裕子、大橋武司、坂口友紀恵、白濵凪沙、田村興一郎、葉山悠介、彦根由実
■プログラム詳細▶️ https://choreographers.jcdn.org/program/d25_ofunato

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岩手県大船渡市にて「浦浜念仏剣舞」と「金津流浦浜獅子躍」を学ぶ6日間。
日本の土壌より立ち上がった「舞」から、独特な身体の使い方だけでなく、その精神性や装束・道具の工夫まで、多くに触れる事ができた貴重な機会となりました。

亡き人と今を生きる人をつなぐ「供養」の舞は、勇壮な音と動き、面や装束の華やかな魅力に溢れ、共同体の世代間もつなぐ「欠かせないもの」として、受け継がれていました。

最初に教えて頂いたのは、二つの舞に共通する「中腰を保ち、しっかりと膝を曲げる事が重要」という事。低い重心、下腹に力を集める。足を踏み込む動きが多く、地から立ち上がる悪霊を足で踏み封じる、山伏由来の所作「反閇」が基本の動きになります。

私はこの「舞」が生まれた土の環境とほど遠い生活の上、バレエをベースに重力に争い、重心を引き上げるように身体に刻み込んできました。頭では理解しているつもりでも、振りに気を取られていると低い重心を忘れ、特に跳ねる様な動きは無駄に浮き上がり「なんだか違うな」と注意されました。
また舞の構造をつい効率的に理解しようと、ここは何回繰り返しと、数で切り分けて理解しようとしてしまいますが、そんな時「動きを口唱歌の中で身体に染み込ませないといけない」と教えてもらいました。

この「口唱歌」(音の進行を口で唄うもの)によって伝えられてきた、独特の「音感覚」は一番難しくも、興味深かったところです。
獅子躍では動きと同時に自ら太鼓を叩くので口唱歌を覚えるところからはじまります。
特に繰り返し教えていただいたのが、太鼓をポンポンと跳ね返らせて叩くのではなく「ザァン」と太鼓をバチで押さえる叩き方。これだけ叩く事はできても、流れの中で叩くのは簡単ではありません。

この独特な感覚…力を解放せず、押さえ込む様な下へのアクセント。考えてみれば「太鼓をバチで押さえる感覚」を前述の「跳ねる時の感覚」に重ねてみると、力の使い方が理解できる様で、反閇で悪いものを押さえ込む様な感覚とつながるのではないか、と考えました。
しっかり土を踏む為に跳ねると、自然と重心は低いままになり、アクセントも下になる…。
まさに唄の波を身体に染み込ませないと、動作のタイミングが捕まえられず、違和感が生まれてしまう。師匠方が繰り返し言われていた意味が、あらためてよく分かったように思います。この感覚は今回の芸能を学ぶ上で非常に重要な点だと感じました。

実際、身体の動きに唄を入れるには時間が必要となりますが、細かくは言葉の訛り、うねりのニュアンスなども動きに影響してくるかと思うと、非常に興味深いところです。
舞は師匠から弟子に「口伝え」で受け継がれてきました。記録を何故しないのか。技を盗まれるかもしれない、という事もある様ですが、体験してみて最終的にはその繊細な節回しやニュアンスは口伝でしか伝えきれないものだと思いました。

今回、大切に守っている舞の中で「創作を許す」という、それぞれの自由な動きの時間を設けてくださった事には驚きました。その様な遊び心があってこそ、芸能は生み出されるのかもしれない。舞が最初に形作られる工程では「反閇」や「焼香」を取り入れるなど、遠い土地からの来訪者(山伏や踊り念仏系の宗教者など)との交流の中で、芸能は作り上げられてきたのかも、と思うと刺激的な試みでした。
また師匠方には早くから遅い時間まで、パワフルに動きの指導と細やかな着付けの指導にも長時間お付き合いくださり、その情熱的な仕事ぶりには圧倒されました。装束、面には震災で流されて新しく作ったもの、震災を潜り抜けて残ってきたものが混ざっていました。裏側をみると様々な素材が折り重なり、複雑な工程で工夫しながら作られた跡が見え、その手仕事からも芸能への情熱が感じられ感動しました。

まだまだ書ききれない多くの事がありましたが、最後に快く門を開いてくださった代表の古水力さんをはじめ、ご指導いただいた師匠方、企画、運営、多くのサポートと、参加者の皆さんとの良い関係があってこその素晴らしい経験となりました。
これからの活動に、この体験を発展的に活かして行けたらと思います。
ありがとうございました!

大久保裕子